※当記事はぼんさいじ氏の寄稿記事です。
今回は、民主政誕生の地である古代ギリシアについて紹介しつつ、それを更に発展させたDecredの「Politeia(ポリテイア)」について考えていきます。
なお、一般的には「直接民主政」と「直接民主制」という二つの同義語がありますが、この記事では「直接民主政」に統一しています。
古代ギリシア人の特徴とは?ー自由を重んじる気風
古代ギリシア人の最大の特徴は、自由に海外へ進出し、「ポリス」と呼ばれる都市国家を各地に築いて交易を行った点にあります。
現在のギリシャ共和国の領域外にも多くのポリスが建設されました。マルセイユ(フランス)、ナポリ(イタリア)、イスタンブール(トルコ)も、元をたどれば古代ギリシア人が築いた都市国家に端を発しています。
このような自由を謳歌する気風もあり、古代ギリシアではひとつの統一的な「国家」は作られませんでした。各ポリスがそれぞれ独自の政治体制を発展させていったのです。
今回は、数あるポリスの中でも、特に民主政が高度に発達した「アテナイ」に焦点を当ててみましょう。
アテナイの政治体制ー徹底した権力の分散
アテナイの直接民主政は、過去の貴族政や独裁者による支配への反発を背景に、ギリシアの都市国家の中で目覚ましい発展を遂げました。
ここでは、アテナイの政治体制を支えた、特に重要な3つの機関を見てみましょう。
① 民会 —「立法機関」
「民会」は、成人男性市民による全体集会であり、名実ともに民主政の最高意思決定機関でした。市民は「アゴラ」と呼ばれる広場に集まり、市民権さえあれば誰でも出席・発言・投票の権利が与えられました。
発言者の人数や時間に制限はなく、提案への賛否表明や修正案の提案などが自由にできました。ただし、中身のない演説をすれば議長の判断で容赦なく降壇させられました。
決議は挙手による多数決で行われ、厳密に数えず、議長が全体の挙手状況を見て判断しました。
② 500人評議会 —「行政機関」
「500人評議会」は、30歳以上の市民から「抽選」で選ばれ、任期は1年でした。評議会の主な任務は、民会の議題作成や効率的な議事運営のほか、財政・軍事などの行政方針の決定、役人の監督や民会の議長選出などでした。
民会の議長は、評議会のメンバーから「抽選」で選ばれ、わずか任期「1日」の再選不可でした。あの有名な哲学者ソクラテスも、民会の議長を務めた記録が残っています。
③ 民衆裁判所 —「司法機関」
「民衆裁判所」は、30歳以上の市民から「抽選」で選ばれ、任期は1年でした。定員6000人の裁判員が、最小201名から最大2000名の法廷に分かれて訴訟の審理にあたりました。民衆裁判所は、裁判だけでなく、役人や評議員の執務監査も担当しました。
市民は、裁判員に選ばれると、名前と本籍区が刻まれた青銅製の名札が支給されます。そして、当日朝に複数の抽選機を用いた抽選を経て、その日に担当する法廷が割り振られました。
ここまで徹底した理由は、原告や被告が事前に裁判員へ接触し、賄賂を渡したり脅迫したりするのを防ぐためです。
なお、「選挙」よりも「抽選」が多く採用された理由としては、「人の意思」で決まる「選挙」よりも、人の意思が介在しない「神意(偶然)」で決まる「抽選」の方が公平だと考えられたからです。
アテナイ民主政の特徴
アテナイ民主政の特徴は、以下の3つに整理できます。
① 無頭性の原則
国家や評議会を代表する単一のリーダー(首長)をあえて置きませんでした。有名な政治家でアテナイ民主政を完成させたペリクレスも選挙に選ばれた「10人の将軍」の一人に過ぎませんでした。また、国庫の鍵や国璽の管理責任者のように、ひとつのものを一人の人間が管理する役職についても、その職権は極めて小さく制限されていました。
② 警察権力の不在
権力の集中を防ぐため、公的な警察組織(暴力装置)は作られませんでした。祭典や民会の警備には「弓兵(トクソタイ)」と呼ばれるスキタイ人の国有奴隷が当たりましたが、彼らは命令に従うのみで、不都合があればいつでも交換可能な存在でした。
一方、市民たちは自宅に武器を保管していて、有事の際に武装して集まる仕組みでした。暴力はどこか一ヶ所に集中するのではなく、市民の間に広く「分散」していて、いざという時に結集して強制力を発揮する形をとっていたのです。
③ 徹底した情報の公開
民会などの場で市民たちは国内外の情勢について知識を得ていましたが、公的な記録として「碑文」に刻んで広場などに建てて市民に公開していました。碑文の内容は、民会の決議、法律、会計報告、役員名簿など多岐にわたりました。
また、公文書館も設置され、過去の裁判記録や個人の財産贈与記録などを全市民が自由に閲覧でき、仲裁や訴訟に必要な知識を得ていました。
アテナイ民主政の限界
上記に見てきたとおり、アテナイは「自由」と「権力分散」に基づく高度な直接民主政を運営していました。しかし、現代から見るとそこにはいくつかの「限界」も存在しました。
①人口的限界 ー 大人数では機能しない
アテナイで民会のような直接民主政が機能していた理由の一つは、人口規模が数万人だったことにあります。最盛期のアテナイの成人男性市民は約6万人、民会の議場の収容人数は最大1万3800人でした。現在の日本やアメリカのような億単位の人口を抱える国では、全人口を収容できる施設がないため、国レベルでの直接民主政は実現していません。
現在、唯一国政レベルで直接民主政を導入している国は、スイスのみです。スイスでは「イニシアティヴ(国民発議権)」という権利が国民に与えられており、18ヶ月以内に10万人の署名を集めれば憲法改正や拡大ができます。また、州レベルでは挙手による直接民主政が実施されていますが、これも州の人口規模が数万人レベルであるからこそ成り立つ仕組みです。
②参加者の限定 ー 女性の除外と奴隷の存在
アテナイでは「女性」には参政権が与えられていませんでした。また、一般家庭でも「奴隷」が使われており、行政機関の末端においても多くの「国有奴隷」が労働を支えていました。こうした階級秩序を前提として成り立っていた点こそが、古代民主政の避けられない限界だったと言えます。
Decredの「Politeia(ポリテイア)」 ー 誰でも参加できる究極の直接民主政
古代アテナイが抱えていた「人口的限界」と「参加者の限定」という欠点を克服し、ブロックチェーン技術を使って現代に直接民主政を蘇らせたのが、Decredの「Politeia(ポリテイア)」です。
そもそも、「Politeia」とは、古代ギリシア語(πολιτεία)で「市民権、国制、政治体制」を意味します。
それでは、Politeiaの特徴を見ていきましょう。
① 全世界の誰もが参加でき、無料で公開されている
古代アテナイでは成人男性市民のみに限られていた政治参加ですが、Politeiaでは国籍・性別・人種を問わず、インターネットに接続できる環境さえあれば地球上どこからでも参加できます。
また、過去にPoliteiaで提案された内容はすべて、アカウントなしで無料で検索・閲覧が可能です。
② 提案や議論がネット上でできる
Decredの開発・運営をより良くするための「提案の提出」やコメントによる「議論」は、Decredを保有していなくても参加できます。
ただし、アカウント作成料など少額のDecredによる支払いが必要です。提案はDecredの公式ガイドラインに沿って詳細に記述する必要があり、議論はスレッド形式で行われます。
スパムや規約違反のコメントは検閲・削除されますが、その事実は後から誰でも確認できる仕組みになっています。
これは「透明性のある検閲」というコンセプトに基づいており、いわゆる「荒らし」を除外しながら、健全な議論の場を維持しています。
③ 可否投票・予算執行もネット上で完結する
公式ウォレット「Decrediton」で、ステーキングのための「チケット」を購入したチケットホルダーだけが、提案への賛否投票を行えます。可決された提案への報酬は、Decredのプロジェクト基金である「Treasury」から支払われます。
過去には、Decredのマーケティング施策やソフトウェア開発の提案が、Politeiaを通じて可決・資金調達されており、コミュニティ主導のガバナンスが実際に機能しています。
まとめ
古代アテナイの直接民主政は、自由と権力分散を原則として制度化された画期的な仕組みでした。しかし、参加できるのは市民権を持つ成人男性に限られ、奴隷制や女性の排除という根本的な矛盾を抱えていました。
Decredの「Politeia」は、ブロックチェーン技術によってその限界を乗り越え、「誰でも・どこからでも参加できる」直接民主政を現代に実現しました。中央集権的な権力を必要とせず、透明性と自律性を兼ね備えたこの仕組みは、2500年前のアテナイ市民たちが理想とした民主政の精神を、より普遍的な形で引き継いでいると言えるのではないでしょうか。
参考文献・Webページ
橋場弦『古代ギリシアの民主政』岩波新書 2022年
塩野七生『ギリシア人の物語』第一巻から第三巻 新潮社 2023年
Logeion(古代ギリシア語オンライン辞書)https://logeion.uchicago.edu/%CF%80%CE%BF%CE%BB%CE%B9%CF%84%CE%B5%CE%AF%CE%B1
プレゼンス スイス(スイス連邦外務省EDAの一機関)https://www.aboutswitzerland.eda.admin.ch/ja/chokusetsu-minshu-sei
ナショナルジオグラフィック「4万人の州でも挙手で投票、スイスの直接民主制はなぜ成立する?」

Politeiaのウェブサイト https://proposals.decred.org/
Decred公式ホームページ(Politeiaの説明) https://docs.decred.org/governance/politeia/overview/
アイキャッチ画像(ペリクレス)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pericles_Pio-Clementino_Inv269_n2.jpg#mw-jump-to-license
