「サイファーパンクはコードを書く。我々はプライバシーを擁護するためには誰かがソフトウェアを書かなければならないと確信しており、我々はソフトウェアを書かんとする。」
— エリック・ヒューズ(サイファーパンク宣言より)
今回はXなどで度々見かける『サイファーパンク』と『Decred』の関係性について、その歴史を踏まえて深堀りしていきたいと思います。
サイファーパンクの歴史
まず、サイファーパンクという言葉の定義と現代の暗号資産へと繋がる簡単な歴史から
- 定義: 1980年代後半から活動する、「暗号技術(Cryptography)を使って、個人のプライバシーと自由を守る」ことを信条とする技術者・活動家のこと。
- 主な方針: エリック・ヒューズ氏の『サイファーパンク宣言』では、政府や特定の企業などに頼らず、自分たちの手でプライバシーを守るソフトウェアを書く事が宣言された。
- 主な活動: Tor、PGP、SSL/TLSといった日常的に使われる暗号化技術の実装から、MoneroやDecredといった暗号資産プロジェクト。
またBitcoinの生みの親であるサトシ・ナカモトもこの思想の流れを汲んでいます。
サイファーパンク活動の活発化
1992年、ジョン・ギルモア氏、エリックヒューズ氏、ティモシー・メイ氏らによってサイファーパンクメーリングリストが開始されました。ここからサイファーパンクの活動が活発化していきます。
このメーリングリストにはサトシ・ナカモトも参加しており、Bitcoinのホワイトペーパー(設計図・論文)もここに投稿されました。
1993年、『サイファーパンク宣言』が発表。「プライバシーは開かれた社会に不可欠」「そのプライバシーを守るために自らコードを書く」という決意が表明されました。
暗号戦争(Crypto Wars)と暗号資産の先祖
1990年代半ば、暗号技術を『兵器』と見なす政府に対抗し、PGP(メールやデータを暗号化する技術)を広め、個人の通信の自由を守るために戦いました。
この技術は、現在でもメールの暗号化やソフトウェアの改ざん検証などで使われています。
1990年代後半に入り、BlockstreamのCEOであるアダム・バック氏の『Hashcash』や『B-money』『Bit Gold』といった、暗号資産の先祖にあたる技術が数多く提案されましたが、中央集権性や運営面での課題に直面して頓挫します。
Bitcoin登場による非中央集権通貨の幕開け
2008年、サトシ・ナカモトという匿名の個人またはグループによって、『Bitcoin』のホワイトペーパーが発表されます。
サイファーパンクが夢見た、非中央集権通貨が誕生した瞬間です。
Monero登場による「匿名性の実現」
2014年、Bitcoinが抱えるプライバシーという弱点を補うため、強力な匿名機能を持つMoneroが登場します。
とにかく分散性と匿名性を重視する思想のため、暗黙の了解の下で頻繁にコンセンサスルールの変更が行われています。
Decred登場による「理想の完成」
2016年、BitcoinとMoneroの開発に関わっていたメンバーによって「意思決定の仕組み(ガバナンス)」を組み込んだDecredがローンチされました。
BitcoinやMoneroなどで課題となった、匿名性と統治の両立と持続可能性を実現させる旅の始まりです。
なぜ『Decred』に繋がるの?
サイファーパンクと暗号資産の歴史についての理解が深まったところで、BitcoinやEthereumで直面した「課題」と、それを解決するために活動を続けるDecredについて深堀りしていきます。
BitcoinやEthereumが直面した「サイファーパンクのジレンマ」
サトシ・ナカモトによってサイファーパンクの理想を形したBitcoin、スマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動化するための技術)をもたらしたEthereumですが、いずれもその歴史の中で大きな課題に直面しました。
それは「意思決定の停滞(ガバナンスの欠如)」です。
Bitcoinで直面した課題
Bitcoinのルールを変えるには、セキュリティを支えるマイナー(採掘者)、開発者、取引所などの立場の違う人たちが話し合う必要があります。
しかし、意見が割れた時に解決するための仕組みがないため、それぞれの立場を守るためにハードフォークが発生してしまいます。
その最たる例が、2017年に起きた「スケーラビリティ論争」です。
「どうやってトランザクション(取引)の処理速度を上げるか」という目的で始まった論争でしたが、最終的には「誰がネットワークの支配権を握るのか」を巡る内戦のような状態になっていきました。
Segwit2xを推進するためにマイナー事業者達によって密室で行われたニューヨーク合意やSNSでのプロパガンダが横行し、Bitcoin CashやBitcoin SVなどへのコミュニティ分裂(ハードフォーク)が多数発生していきました。

Ethereumで直面した課題
一方でEthereumも同様に大きな問題に直面しました。
2016年の『The DAO事件』です。
当時、史上最大規模のICOとして注目されたプロジェクトでしたが、スマートコントラクトの脆弱性を突かれ、大量のETHが流出してしまいました。
この時、Ethereumコミュニティは究極の選択を迫られました。
- 「救済すべき」: ブロックチェーンを流出前に巻き戻し(ロールバック)、歴史を書き換えるべきだ。
- 「コードは法なり(Code is Low)」: 脆弱性すらもコードの結果であり、全て受け入れるべきだ。
その結果、コミュニティは真っ二つに割れ、こちらもハードフォークという形で決着しました。
それが現在のEthereumとEthereum Classicです。
そして、最近も「不正に流出した資産を救済すべきか」という話題が再燃しました。
それが2025年2月21日に起きた『Bybitの不正流出事件』です。

以下はCoinPostさんの記事の引用ですが、まさに「意思決定の仕組み(ガバナンス)」の構築を迫られている事が分かります。
オンチェーンでの投票メカニズムを活用し、イーサリアムのステーキング参加者やトークン保有者によるコミュニティ投票で、重大なハッキング事件への対応を決定する仕組みの構築を検討すべきとの声が上がっている。
Decredは?
ここでDecredの登場です。BitcoinとEthereumが抱える根本的な問題は同じでした。
それは「いざという時に、誰が、どうやって最終決定を下すのか?」というルールが、プログラムの中に組み込まれていなかったという事です。
- Bitcoin: マイナー(PoW)、開発者、取引所といった利害関係者同士のパワーバランスが崩れると膠着状態になる。
- Ethereum: バリデータ(PoS)、そして何よりカリスマ的な開発者(ヴィタリック氏ら)や財団への依存。
これでは、サイファーパンクが嫌う「中央集権的な意思決定」や「特定の企業や団体への依存」を完全に防ぐ事ができません。
では、Decredがどのようにサイファーパンクの精神を実現しているのかをお話していきましょう。
Decredが提示した「3つの解決策」
DecredではBitcoinやEthereum、その他多くのプロジェクトが通った悲劇を繰り返さないように、最初から統治の仕組み(ガバナンス)をコードに組み込みました。
「チェック&バランス」による権力の分散:
Bitcoinはマイナー、EthereumはPoSへの完全移行によりバリデータ(大口保有者)が大きな力を持っています。
しかし、それには『特定の勢力』に権力が偏るというリスクがあります。
- Decredの解決策: PoW(マイナー)とPoS(ホルダー)のハイブリッド
ブロックの生成はマイナーが行いますが、その中身を承認するかどうかは、チケットを持つユーザが決めるという「二重チェック構造」です。
これにより、悪意のあるマイナー主導による暴走や、大口バリデータによる独裁を防ぎます。
「自律したトレジャリー」による独立性の確保:
Ethereumを始めとする多くのプロジェクトでは財団やVC、大企業による投資に依存しています。
これは特定のスポンサーの意向が強く影響を与える可能性を孕んでいます。
- Decredの解決策: プログラムに組み込まれたトレジャリー
ブロック報酬の10%が自動的に「トレジャリー資金」として貯まっていきます。
この資金の使い道は、外部の誰かではなく、チケットホルダーによる投票によって決まります。
スポンサーには媚びず、自分たちの資金で自分たちの道を切り拓くという、真の独立性を実現しています。
「プログラムで定義された」強力な意思決定プロセス:
多くのプロジェクトでは、チェーンの仕組みを変えるような大きな変更(ハードフォーク)を行う際、財団やカリスマ的な開発者による「社会的合意」が重視されます。
これは柔軟な対応が可能である反面、ルールなどが明文化されておらず、声が大きい人の意見が通りやすいという側面があります。
- Decredの解決策: Politeiaとガバナンス投票による強力なオンチェーンガバナンス
Politeiaでは賛成60%、ガバナンスルール変更の際には賛成75%という明確な基準がプログラムによって組み込まれています。
Politeiaでの議論はオープンに行われ、誰でも参加できますが、最終決定はチケットホルダーによる投票によって下されます。
人情や政治などに左右されない、民主的な意思決定の仕組みが確立されています。
整合性の取れたプライバシー機能
スティーブン・レヴィ氏(WIRED記者)の記事によれば、サイファーパンクは「個人の情報的足跡、つまり中絶に関する意見から実際の中絶に関する医療記録まで全て、関係する個人がそれを公開すると決めたときのみ追跡できる世界を望んでいる。」としています。
これは「何かを隠す」ためではなく、自分の情報を誰に開示するか「自分でコントロールする権利」を表しています。
Decredでは、このサイファーパンクの精神を示すように実装された機能があります。
CoinShuffle++による秘匿化:
Bitcoinなどのパブリックブロックチェーンでは、取引履歴が誰にでも見えてしまうため、個人のプライバシーが侵されるリスクがあります。
- Decredでは?: CoinShuffle++という機能が実装されており、ユーザが自ら選択する事でステーク・シャッフル(ステーク中の残高や資金の流れを秘匿化する)という機能を有効にする事ができます。
誰もが検証可能な発行総量:
匿名コインの中には取引の秘匿性にこだわるあまり「市場にコインが何枚存在するか」を検証できなくなるリスク(インフレバグ)が存在するものがあります。
- Decredでは?: 「資金の出所と行先とのつながり」のみを断ち切る手法を採用しているため、発行総量が設計通りであることの検証がいつでも、誰でも可能です。
ガバナンスとプライバシーの両立:
多くの匿名コインでは、その秘匿性の高さ故に開発方針や資金の流れが不透明になりがちです。
- Decredでは?: その検証可能性により、「ガバナンスや支出の透明性」を確保しながらも「個人の資産状況は不透明」という両立を可能としています。
変化を恐れない、継続的な進化の姿勢
サイファーパンクの理想を実現し続けるには、技術の進歩に合わせてシステムを進化させ続けなければなりません。
しかし、Bitcoinでのスケーラビリティ論争のように、多くのプロジェクトでは『進化=コミュニティの分裂(ハードフォーク)』というリスクが常に付きまとっています。
「3つの解決策」でも挙げたように、Decredではルール変更や実装までのプロセスが透明かつ公平であるため、意見が割れても納得感が生まれます。
これにより、Bitcoin CashやBitcoin SVのような、コミュニティがバラバラに分裂して力を失うという悲劇を未然に防ぐ事ができます。
まとめ
この記事でDecredが目指すサイファーパンクの精神について、理解が深まったのではないでしょうか。
サイファーパンク達が夢見たのは「特定の権力に依存せず、個人の自由とプライバシーが守られる世界」でした。
Bitcoinはその扉を開きましたが、ガバナンスの仕組みの不足によって『技術的進化の停滞』と『コミュニティの分断』という壁にぶつかることになりました。
また、多くのプロジェクトがプライバシーを追求する一方で、透明性(供給量の整合性)を失うリスクを抱えてきました。
Decredが実現するサイファーパンクの精神
- 優れたオンチェーンガバナンス: ハイブリッドコンセンサスによる合意形成と自律したトレジャリーにより、外部の権力に左右されない仕組み。
- 責任あるプライバシーと自由: 個人のプライバシーを守りながらも、発行総量の検証可能性は維持する。非中央集権に求められる権利と誠実さの両立。
- 変化を恐れない進化: 透明かつ公平なルールを予め組み込む事でコミュニティの分断を避ける仕組み。
サイファーパンクの精神とは、今に始まった話ではなく、国家や企業による権力乱用と監視を阻止するために何十年と活動を続けてきた先人たちの挑戦の歴史そのものなのです。
最後に『サイファーパンク宣言』より、僕が好きな一文で記事を締めたいと思います。
我々が書いたソフトウェアをあなた方が認めなくても、我々は大して気にはしない。ソフトウエアは破壊できないし、広く拡散したシステムは止められないと我々は知っているからだ。
